まなぶたの丸みのかたち-炎環梨花集を読んでー

こしのゆみこ

身にいっぱい音符溜まれり夜の焚火丹沢亜郎
しくしくと水音のあり兎罠齋藤朝比古

3月、マレーシアのクアラルンプールから70km、
セランゴール川流域の繁殖する蛍を見に行った。
漆黒の闇の中、小舟に乗って私たちは岸を離れる。
目は慣れてくるけれど、時々黒い川面に頭のようなも
のが浮かぶのは鰐ではないだろうか。夜の川はなんだか
コーヒーゼリーのように固い感じ。
ほどなく遠目にも光る木。あの光の青い強い瞬きが蛍。
音符のような瞬き。雄が1秒に3回、雌が1秒に1回の瞬
き。日本の蛍のように激しく飛び交わないのでクリスマス
のイルミネーションみたいだ。この蛍のなる木がどのくらい
あるのだろうか。木に舟が近づいてくれて、蛍が目の前に舞
うけれど、蛍が舟に零れるけれど捕まえられない光の粒。マ
レーシアの蛍はうんと小粒で3ミリくらいらしい。ここの蛍
は木の葉っぱをたべて繁殖するベジタリアン。月もいない満天
の星空の下、見えるのは蛍の光のみ。ついに最後まで蛍の形を
見ることが出来なかったので、本当にあの凄い数の光は蛍なの
かちょっと信じられない。美しすぎて信じられない。
川幅ははわりあい広く、向こう岸にはスカーフを着けたイス
ラム教徒の女子学生達の歓声がきこえる。私と同じ舟の男性が
声をかけるとどっとわらう。彼女たちが遠くなる。川はすぐ静
けさをとりもどす。舟はねっとりと濃い色のさざ波をつくって
川を切り裂いて行く。夜の水音に私はすいこまれてゆく。
[しくしく]を辞書にひくと(1)勢いなくあわれなさま。(2)刺激
されて痛むさま。[頻頻]しきりに。うち続くさま。とある。兎
罠に水の音がするのだ。この水音はとてもこわい。兎がかかって
いる兎罠よりからっぽの兎罠の方がこわい。ふと覗いてしまう水
の音のする罠。覗いたら最期なのだ。

まなぶたの丸みをもてる寒卵河内静魚
着ぶくれし者へ教会開きあり丹間美智子


私のまなぶたは日本的なのだろうか。外国に行くと「トウキョウ」
「ホンダ」「カワサキ」などと声をかけられる。バイクにあこがれる
若者達は多い。バイクは私がゆくところ ほとんど日本製だ。バイク
を作っている国日本からやってきた私。私の行動ひとつひとつが日本人
なのだ。私もまた、その土地の民族の人々の顔や暮らしを見る。友達
になる前はひとくくりの屋台の焼き鳥屋さんであり、床屋さんであり、
イスラムの女性であり、ヒンズー寺院にお参りする丸刈りに金粉をま
ぶした子供なのだ。みんな、カメラに撮っていいですか、というと
はにかみながら、とびきりいい顔をしてくれる。モロッコの女性には
ほとんど断られたけれど、ここのイスラムの若い女性はスカーフを髪
に着け、手足を隠しつつ、流行の服を着て、カメラもOKだ。
マレーシアは大きくイスラム教のマレー人、仏教、儒教の中国人、
ヒンズー教のインド人、ボルネオの現地民にわかれる。派手な色の
それぞれの寺院や服装や文字が混在して不思議な景観を見せる国で
ある。顔で民族がわかるという。顔が民族をあらわしている。それ
は否応なく背負うもの。
インド人の瞼をみると「まなぶたの丸みを持てり寒卵」がよくわかる。
もちろん、この句は寒卵がまなぶたの丸みを持っているといっている。
そしてその方が美しい詠い方だけれど、この句を見てからというもの、
私はまなぶたに卵の丸みを感じてしまってしかたがない。まなぶたをめ
くれば、殻のついた卵が見えるという不気味な想像を面白がっている。
「着ぶくれし者」は私個人を含め着ぶくれている人々だ。みんな
着ぶくれて教会に入っていく。何に着ぶくれているのだろう。この
「者」はすこし皮肉っぽい。

消防車は速い真白き富士の峰     山田庫夫


私は富士山が好きである。飛行機から真上近くのうっすらと積もった
雪の富士を見たときは涙ぐみそうになった。カメラに撮ることも忘れて
見入ってしまった。夏引越し、その秋のある日、池袋の四階の部屋の窓
から富士が見えたときはびっくりした。そういえば、通りの名前は富士見
通りだった。ここからまた引越しする日、富士がよく見えて涙がでた。
愛知県への帰省の時は天気のいい日を選ぶ。車窓からでは三島の富士が
一番大きい。美しいのは大井川の橋のあたりからの富士か。けれど半分
くらいの確率しか富士は顔を見せてくれない。富士に近づくとあたりが
急に曇ってしまう。富士の魅力は孤高の気高さだ。太宰治が『富嶽百景』
で「富士の頂角、鈍角も鈍角。のろくさと拡がり、東西124度、
南北117度、けして秀抜の高い山ではない。どこかの国から突然鷲に
さらわれて、沼津あたりの海岸に落とされて、ふとこの山を見つけても
そんなに驚嘆しないだろう」なんていっているのは彼お得意の揶揄だ。
富士はどんな外国人が見ても感動するにきまっている。私は沼津の海岸に
落とされてみたい。
おもちゃのような赤い消防車が真白き富士山の峰を斜めに登っていく。
富士のてっぺんが火事なのだろうか。そんな漫画チックな景色を思って
しまう「消防車は速い」。あたりまえの単純な言い方がこの句の魅力。
「真白き富士の峰」もスピード感がある。この火事はすこしも不幸がみえない。

NO225心に残った句
啓蟄や君陥とす穽掘り始む 加藤容子
静脈の色毒の色五郎助 瀧 勧進帳


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