誕生日

こしのゆみこ

冬の星出て母と居る誕生日    浦川聡子
焚火火をつつく母より生まれきし 富田恵美以

誕生日はいくつになっても嬉しくて、てれる。
自分がこの世に誕生した記念の日。
別に何にもしなくて、ひとりでただ気づいて、
そうなんだなあと、思うだけでもいいし、
誰かが自分の誕生日を意識してくれていたらもっと嬉しい。
私たちは当たり前のように一年に一回、
そうやって誕生日をやり過ごす.
モロッコには自分の誕生日を知らない子がたくさんいる。
自分の誕生日をすこしも意識しない大人がたくさんいる。
モロッコの本を読むと推定18歳とか、自称、23歳位の「位」が
普通の感覚で紹介されている。
遊牧の砂漠の戸籍なき人達だ。
「君は何才?」ときいても笑っているあの子は、
ただはにかんでいるのではなく本当に自分の今の年齢が
分からないのかもしれない。 彼の親だってそう育ってきたのだ。
彼を身籠もって、臨月のある日、ある所で彼を生んだ。
誕生日などという精神的、抽象的な日付など意識することなく育て、
流れて、「のんびり」と生きてきたのだ。
砂漠の民はいまだにカレンダーを持たない。時計も必要ない。
彼等にはゆったりと彼等の時が流れている。
しかし、それでもなお、私はあの子に教えたい。
誕生日という、めぐりくるはじらいのごとき「特別な日」の存在を。
誕生日の頃に咲く花や誕生日の頃ながめる星がいつもと
どんなに違って見えるかってことを。
先日、友達と話しているとき、ふと思い出したように、
「今日、私がはじめて子供を産んだ日」と突然うれしそうに笑った。
母にとってもこの日は記念日なのだ。
このところ、すっかりヤキがまわってしまって、
母に対して角をおさめている私。
「火をつつく母」を見て、この人から生まれたんだ私は。
と、素直に思える。母の動作のひとつひとつがいとおしい。
火をつつく母は何に対してつついているのだろう。
つつかずにはいられない母よ。

投函の右手残りし冬の雷    三井つう

そう、私の右手もマラケシュの黄いろいポストの口に残したままだ。
ポストの細い口の隙間にはさまれたような右手。
手紙が手からポトリと離れる瞬間、暗闇に吸い込まれる音を
右手が聞きとめている微妙な数秒の感覚。
座五はなにげない季語でもっと軽くいってほしいところ。
投函した手紙に「冬の雷」の重い意味が込められてしまうように思う。
モロッコの切手はどんな額も現国王のハッサン2世の肖像だ。
普段、私は切手にはこだわる方だ。
季節や気持ちを切手の図柄にこめたい。
ああ背広姿の国王の一色刷りの緑と茶色2枚の
切手を並べて貼るさびしさ。せめて民族服のフードの
ついたジュラバを着ているかターバンを巻いていてくれたならば。
切手は日本と同じく普通の商店でも売っていて、
きいてみるとどうもちょっと高いことをいう。
ぼられるのかとおもったが、どうやらその額の切手はないから、
少し高めの切手を貼っておけということらしい。
めんどうだからいいなりに買ったけれど。外国人値段が切手さえも。

初雪の来るか未完の現場にも   長谷川智弥子

モロッコの北と南をわけるアトラス山脈を越えた。
マラケシュからワルザザートへの道のオートアトラス山脈の
山越えの残雪はそれほどでもなかったけれど、
カスバ街道の終点エルラシディアからフェズにゆく街道
モワイアンアトラス山脈の雪はちょっと怖かった。
なにしろ、4日前は豪雪のため通行禁止になっていたのだ。
道路の雪は溶けていたものの、道の両脇には30センチを
超える雪がうずたかく残っている。タイヤチェーンなど論外、
なんとガードレールもない山の道。レバノン杉やアトラス杉が
ふっと見えなくなり、高い所から、くねくね、ゆらりゆらり、
おりてゆくのか、おちているのか、はるかパノラマの美しい
雪景色はスローモーション。私の耳は利かなくなって、
ふうわりぼんやりゆれながら、このまま了わってしまう
かもしれない、まあいいかと、思う。ここはアフリカ大陸。
まさに未完の私の。
「未完の現場」の「現場」が「未完」を写生っぽくしていていい。
未完の形が目に見えて実在する。まちがっても「未完の私」
などとしてはいけない。死を予感した「未完」
の自己陶酔は許してもらおう。
初雪の来るか」大袈裟な言い方がはしゃいでいて楽しい。

傷付きし鳩は枯野の匂ひして  榎本慶子

モワイアンアトラス山脈の北側は林檎畑が続く。
この時期、鋭い線描のふれるといたそうな冬の林檎の木。
あまり大きくない林檎の木。
モロッコの林檎は日本の蜜柑くらいの大きさだ。
黄いろっぽく、青っぽく美味しい。
このくらいの大きさのほうがひとりで齧ってたべるのには
適当かもしれない。歯応えは柔らかい。日本の林檎は本当に美しい。 
   山脈を降りてずっと雪景色だ。寒いのにずいぶん薄着の子がいる。
手があかぎれている。
暖かそうなのを着て、マウンティンバイクに乗っている子もいる。
サッカーの上手い子がドリブルを見せてくれる。
モロッコの独楽回しをやらせてもらう。べー独楽とほとんどそっくりだ。
薄着の子がふりかえって何かいって笑った。声が大きい。大丈夫。
「傷付きし鳩は」ひなたくさいにほひ。好きなリズム感。
こんなあまさに私は弱い。 

NO224の心に残った句
桃色のたましひふたつ冬の森  吉田悦花 
眼球にすこし傷ありクリスマス 田島健一


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